餌兵には食らうなかれ。

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現代訳

 「囮」の敵兵を攻撃してはならない。

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「オトリ」を使って敵の攻撃力を削ぐ


*まずは決定だらけの企画書を提出する。


 「オトリ」は、その存在により敵の注意を引きつけて、本命から目をそらせるためにあります。これは、ビジネスの現場でいくらでも応用することができます。

 あるイベント会社のプランナーである佐々木さん(仮名)は、クライアントにプレゼンテーションを行うとき、そのクライアントの担当者の正確を勘案しながら、「作戦」を立てるように心がけています。

 あるクライアントは、担当が創業社長で、なかなかのうるさ型。何かとケチをつけたがり、ときにはうんちくを傾けたがります。佐々木さんは、この創業社長の性格を逆手にとることを考えました。A・B・Cの3案をプレゼンしますが、最初に出すAプランは、巧妙に欠点だらけのプランを作っておきます。

 社長は、その欠点だらけのプランを「ここぞ!」とばかりに指摘してきます。佐々木さんは、しばらく社長の演説に「ごもっとも」とばかり耳を傾け、「大変勉強になりました」という態度を見せます。

 そして、その後に本命のプランをプレゼンし、認めさせてしまうのです。最初から本命のプランを提出してしまっては、重箱の隅をつつくような細かな社長の指摘が必ず出てきます。

 そこで、いわば「オトリ」である欠点だらけのAプランを出して社長の攻撃のもとにさらしておいて、その後の“攻撃力”を減じておくのです。


*経営陣と社員の板挟みで苦悩の担当部長

 交渉ごとでも、この「オトリ」を有効に活用することができます。あるメーカーでの話ですが、経営陣から日産100を120に「20%アップさせるように!」との指示が出ました。この命令を受けた担当部長は、頭を抱えてしまいました。

 すでに工場はフル稼働状態で、さらに増産するとなると、残業増や休日出勤などで対処せざるをえません。

 しかし、残業増や休日出勤を持ち出せば、現場やその他の関連部署から反対の声が上がるのは目に見えていたからです。

 担当部長は部下を使って、非公式に関連部署に打診させます。その部下には、「会社側からは日産140まで引き上げろ!」と命じらている旨を告げておきます。部下が各部署を回ると、案の定、猛反発の声が上がりました。


*社員には経営陣の増産命令より高い数字を掲げる

 ここで担当部長が登場して、各関連部署のトップを召集します。

 当然のことながら、会議はピリピリした空気の中で始まります。冒頭、担当部長は、会社から40%アップの増産命令が出ている旨を伝えます。各部署からは、猛反対の意見が続出。担当部長は、すべての意見に黙って耳を傾けます。

 そして、

 「みなさんのおっしゃりたいことは、だいたいわかりました。確かに、会社が求める40%の増産命令にはかなりの無理があり、私もその意見に同意します。しかし、経営環境は厳しく、会社が求める増産をまったく拒否するというわけにもいけません。

 そこで、せめて半分の20%の増産までは受け入れるようではありませんか。私もこの案で会社を必ず納得させます。みんなで努力して、20%の増産を達成しましょう!」

 こう切り出しました。

 すると、それまでピリピリ張り詰めていた空気が、少しずつ和んでいきました。

 「当初の半分の20%増産か……。経営環境も厳しいみたいだし、それくらいの増産は受け入れざるをえないな」

 という雰囲気が生まれ、前向きの提案も出てきます。残業増、工場の休日稼働、設備投資に関する提案もおおむね了承されました。結果的に、会社が目標としていた増産計画は、ほぼ完璧に達成できたのです。

 「140%増産」という「オトリ」を出して抵抗勢力の標的にさせ、敵の攻撃をそこに集中させて本命の「120%増産」を受け入れさせるという作業が、見事に決まりました。