兵は詭道(きどう)なり

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現代訳

 戦いの本質は相手を欺くことである。そのため、軍事行動が可能でも、敵には不可能に見せかける。

 軍隊の運用が可能でも、敵には不可能に見せかける。


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ときにハッタリも効かせる

*心理的に相手をコントロールして優位に立つ

 「相手を欺く」というのは、ある意味孫子の本質をついていますが、一方で「孫子の教えは人をだますもの」との誤解を招いている点でもあります。

 決して孫氏は、詐欺行為を推奨しているわけではなく、心理的に相手をコントロールして動かすというところに力点が置かれているのです。

 ビジネスでは、詐欺行為をすれば信頼関係は一気に崩れ落ちます。交渉ごとでは、ダマシや脅しに近い方法もありますが、結果を考えると決してうまい方法とはいえません。孫子は、もっと高等な心理テクニックの効用を説いています。



*ふとした偶然が相手の勘違いを誘い好結果に

 ある広告代理店の社長と社員4人が、クライアントのもとにプレゼンに出向きます。この中で入社2年目の武藤茂さん(仮名)は、人数合わせのいわばカバン持ちのような存在でした。

 5人が会議室に通されると、武藤さんは書類を取り出しますが、10センチはあろうかという束が目を引きます。ほかの出席者はその場で配布された資料以外、せいぜい、2、3枚の資料を手にしているだけです。

 会議は冒頭から乱発な意見が飛び交い、白熱します。その中で武藤さんだけは、じっと聞き入ったままです。それでも彼の書類の束が気になるのか、出席者たちはチラチラと視線を向けます。

 議論が出尽くしたところで、司会進行役を務めるクライアントの社員が、武藤さんに意見を求めます。彼は書類の束のいちばん上にある紙を手に取り、意見を述べます。クライアントたちはうなずきながら彼の話に聞き入り、最後は武藤さんの意見を大きく取り入れた形で企画が成立しました。

 「よく資料を集めておいてくれたね。クライアントもびっくりしていた様子だった。おかげで仕事を一つ取ることができたよ」

 帰り道、社長が武藤さんに感心したように言います。しかし武藤さんは、“意外だ”というような表情でいいます。

 「資料って、会議のとき出していた書類ですか?あれは社を出るときに別の企画で預かったもので、たまたま玄関先で受取ったのでそのまま持ってきたんです。手帳を出したついでに全部を出しちゃったので、そのまま机の上に置いてました」

 「だって資料を見ながら説明していただろう?」

 呆気にとられた社長が聞き返します。

 「いちばん上の紙だけ、今回の企画のデータですよ。インターネットで検索しておいたものです」

 結果として、書類の束が“ハッタリ”となって、武藤さんの思いつきに近い意見が相手にもっともらしく聞こえたのです



*権威をうまく持ち出し、相手を説得する。

 これは、偶然生まれたハッタリですが、自分の意見にハッタリを効かせるためには、「総務省データによると……」「○○博士の研究によると……」といった、権威のある裏づけを加えると、効果があります。

 この権威を意識的に利用したのが、次に紹介するサラリーマンの例です。

 あるメーカーに勤める新入社員の平尾啓子さん(仮名)は、直属の上司が苦手でした。細かいことでネチネチと説教し、私生活まで口出しするのです。おまけに人使いが荒とあって、顔も見るのも嫌でした。

 その一方で、彼にはちゃっかりしたところもあります。平尾さんたちのフロアの一階上は重役室があり、平尾さんたちは階上の重役専用トイレを使用することはできませんが、平尾さんはこっそりそのトイレを使っていたのです。

 静かで豪華なトイレは平尾さんの「お気に入り」なわけですが、別に見張りをしている人間がいるわけでもなく、咎める者もいませんでした。

 あるとき、上司と平尾さんが社内を歩いていると専務とすれ違い、平尾さんは親しげに会釈しました。平尾さんが重役用トイレを借用するとき、時折顔を合わせる専務です。専務も見覚えのある社員に会釈され、会釈を返します。

 その様子を見て驚いたのが上司です。

 「お前、○○専務を知っているのか?」

 「ええ、まぁ…」

 平尾さんはとぼけますが、「平尾のやつ、専務と何かコネでもあるのか…」と、上司の心に疑心暗鬼が芽生えました。それ以来、上司の平尾さんに対する態度がガラッと変わります。人使いの荒さが消え、ネチネチ言うこともなくなったとのことです。