生間なる者は返り報ずるなり

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現代訳

 間諜(かんちょう)を使うには、「因間」「内間」「反間」「死間」「生間」の五種類のやり方がある。

 この間諜たちは、それぞれ諜報活動を行いながら、お互いに相手の行動内容を知らないようにするのが巧妙なやり方で、主君にとっても宝といえよう

 「因間」とは、敵方の民間人を使って諜報活動を行う。

 「内間」とは、敵方の官僚を使って諜報活動を行う。

 「反間」とは、敵方の間諜を逆に利用して、諜報活動を行う。

 「死間」とは、配下の間諜を使って、偽りの情報を敵方にうまく流すようにする。

 「生間」とは、敵国に侵入しては情報を集めて生還し、これを繰り返す。


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口が堅い人間がいちばん信用できる


*口の軽い人間を有効活用する方法


 ある社長にインタビューしたときのことです。部下の話題となり、信頼できる部下の条件について尋ねていました。

 その社長は、第一の条件に「口が堅いこと」を挙げました。口が軽い部下がいると、重要な情報が敵方に筒抜けになってしまうからです。

 そこで私は、次の質問を畳みかけました。

 「では、部下は口が堅い人間で固めて、口が軽い人間は、自分の周りから排除するのですね?」すると社長はニヤっと笑いながら、「いや、そうでもないです。口が軽くて無能な人間でも、いろいろと使い方はあるんですよ……」と興味深い話をしてくれました。

 まだその社長が部長だった頃、コネで得意先の息子が入社してきて面倒を見ることになりました。

 悪い人間ではなかったのですが、社内情勢も読めない男で、しかもお調子者。部署の内部情報をあちこちで漏らすのには参ったとのこと。それこそ、敵対している“派閥”にまで気軽に出入りしては、お調子者ぶりを発揮していました。

 さすがに部署内でも同僚たちには疎んじられるようになります。しかし部長(当時)は、ほかの部下が反発するのを承知で可愛がります。でも、この“可愛がる”というのはあくまで表面上のことで、決して信頼していなかったのです。

 表面上可愛がっていたのは、利用価値があったからです。敵方に気軽に顔を出すその部下から、さり気なく敵情を聞き出すのは日常茶飯事。ときには、虚偽の情報をその部下に伝え、敵方を撹乱することにも利用できました。

 中でも効果てきめんだったのは「自分たちの部署が大手企業からスカウトされている」という虚偽の情報を流したときです。

 その部下は、有名企業からスカウト話があることに興奮して、社内のあちこちで漏らします。

 慌てたのは会社です。それをまともに受け止めたわけではないでしょうが、万が一でもそんな事態になっては一大事。部署に対する待遇がよくなったといいます。その社長が、その部下を使って敵対する派閥の情報を集めたのは、孫子が言う「生間」であり、自らの虚偽情報を流したのは、「死間」と言えるでしょう。