仁義に非ざれば間を用うること能わず。

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現代訳

 すべての軍で、君主や将軍との親密さにおいて間諜より親しいものはない。

 恩賞は、間諜に与えられるものがもっとも厚い。軍事行動において、間諜の扱いほど秘密裏に進められるものはない。

 君主や将軍が優れた才智の持ち主でなければ、間諜がもたらす情報を役立てることは決してできない。

 深い情がなければ、間諜を思い通り動かすことはできない。

 機微がわからなければ、間諜がもたらす情報を読み解くことはできない。

 何とも微妙で奥深いことか。

 軍事面において、間諜を使わないことはないのである。


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優良情報を持ってくる者ほど大切にせよ。


*情報は入手だけでなく漏洩にも気を配る

 ビジネスにおける情報戦には、すさまじいものがあります。
 
 しかし、さすがに情報スパイを使って、ライバル会社の内情を得ようという事件には、めったにお目にかかるものではありません。

 スパイ行為そのものが非合法であるケースが多いことや、スパイ活動が秘密裏に行われるため、表に出ないのかもしれません。

 かつて、大手消費者金融会社のトップが、自社に対して批判的な記事を書くジャーナリストの自宅や事務所の電話器に、盗聴器を仕掛けようと指示したとして逮捕される事件がありました。

 一部上場企業のトップ自らが盗聴を指示していたことに、多くの人達が驚きや違和感を抱いたものですが、孫子のこの教えを読めば、その行動も理解できるというものです。

 それだけ、情報が企業やビジネスマンの生死を左右するほど重要な存在であることの証左であるのかもしれません。


 盗聴やスパイ行為は法に触れることだけに、情報入手活動には、その点を気をつけなければいけません。しかし、逆の見方をすれば、こちらの情報を敵方に盗まれないようにすることも、大変重要になってきます。日本はスパイ天国と揶揄されるほどガードが甘く、これは日本の企業体質にも問題があります。

 「相手はそんな悪いことをしない」という“性善説”のもと、情報漏洩に対するリスクマネジメントが、甘いような気がしてなりません。

 自衛隊内でも軍事機密が容易に漏洩し、関係の深いアメリカからの信用も失っているというのが現状です。


*情報誌の特集ネタがライバル誌に筒抜け?

 熾烈なスパイ合戦が、ときにはビジネス現場でもありえるという、大手企業で行われた諜報活動の一端を紹介します(なお、本事例は「被害者側」の企業の人間の推測であり、裏付けもとれていないので、あくまで「こういう話もありえる」というレベルでお読みください)。

 新興の大手情報産業A社は、カリスマ会長が学生時代に起業し、またたく間に規模を拡大して大企業に成長し、その会長はマスコミでももてはやされている存在でした。

 このA社が発行する住宅情報誌に対抗して、大手新聞社B社が住宅情報誌を発行します。そのB社の住宅情報誌のある編集者は「確かな証拠がある、というわけではないのですが…」と前置きした上で、

 「A社にスパイ行為をされていました!」と言い切ります。

 「うちの情報誌が特集記事を組んで発表します。ところが、その何日か前に、その特集記事とまったく同じ内容の記事が掲載されているんです。それではとばかりに“これならA社と記事が重複しないだろう”というような変わった企画を特集するのですが、それでもうちより前に発売されるA社の情報誌に、同じような内容の記事が掲載されていました。」


*情報入手は法令遵守で!

 B社には、A社から転職してくる社員も多く、住宅情報誌の編集やその関連部署に3人もいて、当然、その社員たちに疑惑の目が向けられます。

 しかし、何も証拠がないため、手のうちようがありません。

 社内が疑心暗鬼の空気に包まれ、社員たちのモチベーションにも悪影響が及んだことは、想像に難くありません。あえなくB社の住宅情報誌は、わずか3年で消えてなくなります。

 A社がスパイ行為を働いていたかどうかは定かではありません。


 しかし、A社のカリスマ会長は、B社が住宅情報誌を発刊してからというもの、毎週月曜朝には、社員たちとともに「B社を倒すぞ~」とシュプレヒコールを上げていたといいます。

 また「21世紀に情報産業で生き残るのは、NHKと朝日新聞とウチだけた!」と豪語していたとも伝えられています。

 強い自負心が思い上がりにつながり、“スパイ行為”に走らせたのかもしれません。

 
 その後、カリスマ会長は、戦後最大級の疑獄事件の中心人物として、ビジネスの表舞台から姿を消します。戦争とは異り、ビジネスはコンプライアンス(法令遵守)が鉄則です。情報収集でも、このことは肝に銘じておきたいところです。