吾が間をして必ずこれを索めてこれを知らしむ。

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現代訳

 攻撃したいと考えている敵軍、攻撃したいと考えている城、殺したいと考えている人物について、あらかじめそこを守る将軍、側近、取り次ぐ者、門番、雑役につく役員の姓名を知り、それらの人物についての情報を間諜に集めさせなくてはならない。

 また、こちらの情報を探りにやってきた敵の間諜は必ず見つけ出し、その間諜に利益を与えて、誘い込んでこちらに服従させるようにする。

 こうして、反間として使うようにする。


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相手の諜報活動から身を守るには。


*女性問題をネタに恫喝される「ハニートラップ」

 自分が敵の情報を欲しがっているように、敵もこちらの情報を欲しがっていることをわきまえておかなければなりません。敵の諜報活動にも配慮が必要というわけです。

 スパイ天国と揶揄される日本では、島国で、長い間平和が続いていたためか、「敵」の諜報行動に対して、まったくガードが甘いようです。

 その一例が、2004年に起こった上海領事館自殺事件です。中国・上海の日本領事館に勤務する電信官が自殺を遂げたのです。この事件はしばらくひた隠しにされていましたが、翌年に週刊誌のスクープで明るみに出ました。

 電信官は、上海領事館と日本国内にある外務省本省とで交わされる暗号電信を担当します。つまり、機密情報を扱い、当然、暗号解読システムにも精通していました。

 単身赴任していたこの電信官は、同僚と息抜きに上海市内にあるクラブに遊びに行きますが、そこで知り合ったホステスと親密になります。このクラブが中国公安局に摘発された後、中国情報機関の工作員が、ホステスを介して電信官に接触してきました。そして、「女性問題」ネタに恫喝(どうかつされ、情報提供を求めてきたのです。



*「ハニートラップ」に騙されるのはおよそ日本人だけ

 ホステスがもともと工作員だったのか、電信官と親しくなった後で中国情報機関に協力するようになったのかは不明ですが、女性問題を使って外交官や政治家を強請(ゆす)る手口は「ハニートラップ」と言われます。

 強請られた電信官は一人、思い悩んだ末、首つり自殺を遂げてしまいます。

 ハニートラップは、旧ソ連など共産圏の国でよく使われた諜報手段ですが、国家の諜報活動で使われるのは、もうほとんどないといいます。

 このような手口に引っ掛かるのは、およそ日本人だけです。

 なぜなら、諸外国はこのようなスパイ行為に対抗するため、防諜システムを確立させていますが、日本にはこれが存在しないのです。共産圏のハニートラップに対して、欧米諸国では、すでに60年台には防諜システムを確立させています。ハニートラップに引っ掛かった要人は、防諜担当の情報セキュリティに連絡します。

 連絡を受けた情報セキュリティは、このハニートラップをスキャンダル扱いにすることもなく、公表することもなく、今後の指示を出します。例えば、相手が欲しがっている情報は何かを探り出し、ときには差し支えない範囲で情報を渡すこともあります。

 相手を信用させた上で、ここいちばんの局面でニセ情報を流すことも画策します。

 日本は国家機密を守らなければならないという意識が薄く、防諜システムが未熟だったことは否めません。

 さらに問題なのは、外務省がこの事件を闇に葬ろうとしたところです。

 週刊誌がスクープしなければ、中国の卑劣な諜報活動は明るみに出ませんでした。ハニートラップに引っかかった電信官は、付け入られる隙があったのは事実でしょう。

 
 とはいえ、中国側の恫喝に負けて国家機密を渡すようなことをせず、命と引き換えに中国の暴挙を暴いたのです。

 外務省は、その電信官の行為すら無にしようとしたのです。外務省の無責任体質と防諜システムの不備のせいで、電信官は命を落とし、危うく国家の重大損失を招くところでした。


*「ハニートラップ」に引っ掛かりやすい人とは?

 ハニートラップに引っ掛かるのは、外交官や政治家だけではありません。商社マンやメーカーの駐在員も狙われ、機密情報の提供を求められるということです。

 政治家の場合は、ハニートラップに引っ掛かっても、その場で情報提供を求められるようなことはまずありません。

 帰国する際、空港でさり気なく、隠し撮りされた写真やビデオが入った封筒を手渡されるケースが多いようです。弱みを握られてしまった政治家は、敵の思いどおりに動かざるをえないという仕組みになっているのです。


*贈答攻撃で暗黙に見返りを要求する。

 一般のビジネスマンには無縁の話と思われるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。日本にはお中元やお歳暮といった独特の贈答文化がまだまだ根付いています。過剰な贈答品や過剰な接待には、見返りを要求する暗黙の圧力が込められているものです。