兵を為(な)すの事は、敵の意を順詳(じゅんしょう)するに在り

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現代訳

 戦争を行うにあたって、重要なことは、敵の立場に立ってその意図を把握し、術中に陥ったふりをして調子を合わせることである。

 敵の行動に合わせて遭遇する目的地を定め、行動すれば、千里も離れた地点で敵将を討ち取ることも可能になる。


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相手の立場に立って、意図や出方を先読みする。


*相手の出方がわかれば強気に交渉できる。

 戦争においては、敵の意図や出方を察知することが肝要です。

 そのため、諜報活動を行い、さまざまなデータを分析し、情報として役立てます。敵の動向がわかれば、先回りして防御を固めたり、待ち伏せして迎撃したりすることもできます。

 敵の意図を探るには、敵の立場に立って物事を考えることが重要です。


●「今、自分が相手の立場だったらどのような心境になるか?」

●「どのように戦況が映るか?」


 というふうに、視点を変えることです。

 これを徹底すれば、自分だけの視点からでは、決して見えないものが見えてきます。

 これは、ビジネスでも、人間関係でも同じことがいえます。うまく人間関係が築けない人は、自分中心にしか世の中を見ることができないところに、大きな原因があります。

 いわゆる「空気が読めない」というのは、自己中心的で視野が狭いため、自分が置かれた立場がわかっていないのです。

 常に相手を意識し、相手の意図がわかれば、自分がどう行動すれば有利になるか読めてきます。

 ビジネスでも、例えばライバル企業がどのような商品を開発し、どのような販売戦略を立てようとしているのか、どこに支店を出そうとしているのかが把握できれば、先回りして対策を立てられます。


*交渉が決裂して困るのはどちらか見極める

 相手の意図を探る重要性が如実に現れるのが、交渉の場においてです。

 まず、交渉に臨むにあたっては、自分と相手の立ちをよく理解しておかなければなりません。立場が強い方がより強気な態度で臨むことができ、立場が弱ければ下手の態度に出て、相手の譲歩を引き出すようにしなければなりません。

 「立場が強い=交渉の主導権を握っている」

 ということになりますが、これを見誤ると、有利な立場にあるにもかかわらず、不利な交渉をしてしまいかねません。


*ある土地取引の攻防模様

 例えば、ある土地の購入を巡って、土地の所有者であるA社と、その土地の購入を希望するB社が交渉を開始したとします。

 この交渉にあたっては、

①「A社がどうしても土地を売りたいのか?」
②「B社がどうしても土地を買いたいのか?」

 によって主導権をどちらが握る違ってきます。①ならB社の立場が強くなり、②ならA社の立場が強くなります。

 つまり、「交渉が決裂して困るのはどちらか?」を見極めることです。

 ここでA社として「土地の評価額はいくらなのか?」という情報のほかに、


●「なぜB社は土地を欲しがっているのか?」
●「B社がこの土地を買うにあたって、最大、どれくらいの資金を投入するつもりなのか?」
●「ほかに購入候補の土地はあるのか?」

 といった情報が有利になります。

一方、B社としては、

●「なぜ、A社は土地を売ろうとしているのか?」
●「A社が土地を手放すにあたって、最低、いくらなら手放すか?」
●「ほかに購入を希望している企業はあるのか?」

 といった情報が有用になるわけです。主導権がどちらにあるにしても、これらの情報を握った方が、より有利になります。また、状況によっては、交渉の主導権が移ることもあります。

 この土地売買の交渉ケースでいうと、B社が「この価格で買いたい」と提示した金額より高額で土地を購入すると申し出た企業が現れたとしたら、A社の立場は強くなり、B社はたちまち不利になってしまいます。



*虚実が入り乱れる情報戦

 この土地売買のような状況に置かれた正木敏明さん(仮名)は、購入する側(B社)の担当者でした。

 自社の倉庫用の土地を物色していたところ仲介業者からA社を紹介されたのです。正木さんは、仲介業者とA社と入念に打ち合わせおよび交渉を行い、あとは価格面で折り合いがつけばというところまで詰めますが、最後の溝がどうしても埋まりません。

 A社の提示する価格と折り合わず、何とか値引きしたいところなのですが、A社が応じようとしないのです。その裏で、ほかの候補地も物色していますが、どこも立地条件でA社の物色にはかないません。

 しかし、「何とか主導権を握りたい」と思う正木さんは、立地条件で見劣りしますが、別件での土地購入も視野に入れます。

 そのとき仲介業者から、

 「他社からA社に土地購入のオファーがあったようだ」

 という話を聞きます。正木さんは慌てて社内で会議を開きます。「土地購入のオファーがあったというのは、ブラフ(ハッタリ)だ。強気の交渉を続けるべきだ」、「いや、もともとA社の提示価格は想定内だから、先方の言い値で妥協してもいい」

 とさまざまな意見が交錯します。正木さんはその場で結論を出さず、様子を見ることにしました。正木さんには思い当たることがあったからです。



*相手担当者の行動でハッタリを見破る

 何度も購入予定のA社の土地に足を運び、その真向かいで商店をやっているオバさんに、話を聞いたのです。

 「あの土地を、私たち以外で見に来た人がいませんでしたか?」、「さぁ、気がつかなかったね」さらに、最近A社の担当者に電話しても、ほとんど社内にいたこと、A社との交渉は、A社内でほとんど行なっていたことを思い出しました。

 「ほかに購入希望者がいたら、担当者はそんなに会社内にいられないはずだ……」


 さらに、情報を収集するうちに、不確実ですが、「A社は表向きほど経営が思わしくないのでは?」という情報も入手します。

 「間違いない。ほかに土地購入のオファーがあるというのは、ハッタリだ。A社はとにかく現金を欲しがっている」

 こう結論づけた正木さんは、最後の交渉に臨みます。正木さんは、最初にカマかけました。

 「あの土地を買いたいという業者が、ほかにもあるんですってね?」

 
 正木さんは、A社の担当者の目が一瞬泳いだのを見逃しませんでした。


 「え、ええ。まぁ、そういう話も実のところありますね……」

 と、曖昧に答えるA社担当者。

 「申し訳ありませんが、当社としては、先日提示しました金額が精一杯のところです。この条件を呑んでいただけないのなら、諦めます」

 正木さんはキッパリと答えます。


 戸惑いの表情を浮かべたA社担当者から、正木さんサイドが提示した条件で譲渡するとの返事があったのは、それから数日後のことでした。

 正木さんの勝利は、

①「相手がどうしても土地を売って、現金を欲しがっている」という情報を得たこと。

②交渉が決裂しても、ほかの代替地を確保していたこと


 この2点がポイントになります。この2点で交渉の主導権を握れると確信し、強気の態度を取ることができたのです。